本に挟んだ栞は中々進まない。
あなたのせいで。
何、それ。
「たーくみー」
普段と違う甘ったれた声。
「竹巳」
いつもはそんな風に呼んでくれないくせに。
「聞いてんの?」
「…本、読んでるんです」
邪魔しないでください。
言葉の影にこっそりと含ませて。
本に目を落としたまま、そう言う。
ここで借りた本は、閉館する4時までに返さなければならないのに。
まだ読んでいないページが2割程残っている。
閉館まであと30分。
多分、まだ間に合う。
「ふーん」
興味無さそうに先輩が答えた。
俺の持っている本を後ろから覗き込んでいるらしい。
耳元で、聞きなれた息遣いが聞こえた。
少しだけ心臓の鼓動が早くなる。
あ。
やばい。
「…これ、俺の薦めた本じゃん」
耳元で、少し掠れた声。
心なしか笑ってるみたいだった。
あーぁ。
ばれちゃった。
「お前興味無いかと思ってたのに」
「…」
返事はしない。
出来ない。
上手い言い訳が出てこなかった。
「素直じゃねーな」
アンタに言われたくない。
首周りを、先輩の腕が撫でるようにして絡みついてきた。
ここ、学校の図書館ですよ。
頭の中では冷静な言葉がすぐ浮かんだのに。
息が上がって、言葉が出てこない。
顔が熱くなるのを感じた。
それを目敏く見つけられる。
「…顔が真っ赤ですよ、笠井くん」
耳に残る低い声が心臓にまで届いたみたいで、声を聞いただけでまた心臓の音が早くなった。
目の奥がチリチリともどかしく疼く。
ようやく本から目を離して、くるりと先輩のほうを振り返って。
思わずぽかんと口を開けてしまった。
本日、やっと見た顔。
そこには滅多に見ない眼鏡をかけた状態の三上先輩。
黒縁眼鏡のフレームから覗いた黒い瞳が、悪戯っぽく揺れる。
文句を言うはずの唇が塞がれた。
眼鏡越しに目が合って、心臓が跳ねる。
思わず目をぎゅっと閉じたら調子に乗った先輩が舌を入れてきた。
人が来たらどうするつもりなんだろう、この人。
と、俺。
唇がやっと離れていったと思ったら、手にしていた本をひょいと取り上げられた。
「本日は閉館致しますので、また今度ドーゾ」
先輩がニッと笑って本をカウンターへと持っていってしまう。
クライマックスだったのに。
「まだあと10分あるじゃないですか」
まだ落ち着かない心臓を落ち着かせようと無駄な努力をする。
顔はまだ熱いまま。
「4時には鍵掛けなきゃなんねーんだからもう駄目。タイムリミット」
黒髪が揺れる。
骨ばった手が図書カードを調べて、手にとって何かを書き込んでいく。
窓から差し込む夕日が黒縁眼鏡をオレンジの光で照らした。
「図書委員なんて、似合わない」
また高鳴り始めた心臓に心の中で舌打ちして、文句を言った。
なのに先輩はカードにスラスラと何かを書きながら小さく笑って。
「俺もそう思う」
図書カードを本の中表紙と棚にそれぞれ仕舞い込んで、先輩が本を俺の手の中に戻した。
何?と目で訴えてみたらまた黒縁眼鏡の先輩と目が合って、心臓が反応する。
落ち着けよ、俺の心臓。
「延長しといた」
そう言って鼻の頭に唇を落とされた。
眼鏡が額に軽く当たる。
「読むの遅すぎ。延長とかアリエナイ」
「…いっつも本読んでるときに先輩が来るからじゃないですか」
「俺に気が集中しちゃって本読めないって?そりゃドーモ」
くそ。
言い返せない。
だって、図星。
「ほら、帰るぞ」
先輩の手の中でちゃりちゃりと鍵が鳴っている。
椅子に置きっぱなしだった鞄とコートを急いで抱えて持ってきて、先輩の後に続いて図書館を出た。
END
お題で書こうと思ったのにお題がただの題名に…あわわわ。
2006/2/13 0:37