存在してる。 愛しいと感じる。 ずっと一緒に居たいと思う。 ふわふわ 桜が良い感じに散り始めた四月上旬の昼下がり。 三上の腕の中で眠っていたはずの黒い子猫がぽつりと呟いた。 「…散歩行きましょ、亮さん」 「…んぁ?」 つい天気が良く自分もうとうととしていた時、急に話し掛けられるものだから三上は気のない返事を返した。 そんな三上の腕の中でくるりと体の向きを変えて笠井がじっと三上を見つめる。 その目は既に散歩に行く気満々な目だ。 「ねぇ、散歩!こんな天気良いし風も穏やかだし暖かいし!!行きましょーよぉ、亮さん〜」 懇願するような、甘えた上目遣いにクラリと来ながらもなんとかそこは理性で押さえつけ、 三上は少しだけあいていた笠井と自分との距離を腕に力を込める事でまた縮めた。 柔らかい春の香りのするその髪に顔を押し付ける。 「いやだ。もう少し寝る」 「俺もう寝ましたもん。じゃあ外で寝ましょーよ、気持ちいいですよ?」 「どうせ外じゃこんな事出来ねーだろ?ならココでいい」 そう言って笠井を抱きしめる腕にさらに力を込める。 逆に、笠井はじたばたと三上の腕の中で暴れ始めた。 「もう!じゃぁいいですよーだ!誠二とかキャプテン誘って行きますからッ!」 「よーだだって…可愛い奴」 「…ッもう!!離して下さいよッ俺行くんですから〜〜!!」 三上の言った言葉に間違いなく笠井が反応し、顔が火照っていくのを隠そうと三上から顔を背けてさらに暴れる。 そんな笠井の可愛らしさに三上が喉の奥で小さく笑い、体を起こした。 「わーったよ、行く。イキマス。バカ代と一緒じゃ心配だからな」 起き上がってもまだ抱きしめられたままなので、体はしっかりと密着していた。 そのおかげで未だ近くにあった笠井の頬に、三上が軽く唇を押し付ける。 すると暴れていた猫は急に大人しくなった。 つい最近気付いた、笠井の弱いところ。 頬に優しくキスをしてやると、急に大人しくなる。 今だって笠井は大人しく、熱っぽい目で三上を見つめていた。 唇を尖らしている様がなんとも言えず可愛い。 「あーヤバ。早く行かないと止まらなくなる」 「えっ!あ、俺誠二探してきます!!」 歯止めが利かなくなるうちに藤代と渋沢を発見し四人は春休み中の中庭へと歩を進めた。 さすが私立、さすが名門と言ったところだろうか。 学校の校庭や校門から校舎に続く並木道は勿論の事、武蔵森学園は桜で一杯だった。 特に、中庭。 中等部、高等部共に利用できるように広々と作られた中庭には休み時間中などの生徒の憩いの場でもあった。 昼食を中庭で取る生徒も少なくない。 そんないつもは生徒で賑やかな中庭だったが、今日はまだ春休み中、 しかも部活動は一切無い本当の休日だった為、風で穏やかにゆれる木々の擦れる音しか聞こえて来なかった。 ふわふわと風に揺られて桜の花びらが散り、四人にぱらぱらと舞い降りる。 目の前でちらちらと動く淡い桃色の花びらに、藤代と笠井はうずうずとした様子で桜の花びらを忙しそうに見ていた。 「…今年も凄いな、ココの桜は」 「あー。去年もこんな感じだったよな、そういや」 「入学式、こんな感じだったもんね」 「そうそうvvなんか懐かしい〜〜v」 何気ない会話を交わしながら、四人はちょっとした丘の様な場所へとやってくる。 丘というにはあまりにもだが多少の傾斜があり、腰を下ろすのには丁度良い場所だったので皆そう呼び、 この場所は好まれていた。 休み時間中などはカップルなどが争奪戦である。 最も藤代がその場所を気に入ってからと言うもの、藤代が自慢の足を使い、 晴れた日はほとんどこの四人が居座っていたのだが。 普段は綺麗な緑色をしているそこは、今だけ、春限定のピンク色の絨毯が敷かれていた。 それを見て藤代が耐えられない、と言った面持ちで花びらの絨毯へと寝転ぶ。 「すっげーッ!気持ちいい〜〜〜vv」 「オイ、バカし…」 藤代がおおはしゃぎで騒ぐのを三上が煩い、と注意しようとする。 「ほんとだ〜〜!綺麗〜vv」 「…」 だが、なんと笠井まで藤代と同じようにはしゃぐものだから三上はなんとも言えなくなってしまった。 そんな三上の様子に気付いて渋沢がぽん、と肩に手を置いて小さく笑う。 渋沢が何を言いたかったのかはしっかりと三上には伝わり、三上はその場にどかりと腰を下ろしてしまった。 その顔は心なしか赤い。 「キャプテンたちは遊ばないんっすかー?」 「ほらほら、来てよかったですよね?先輩vv」 地面に散らばる花びらをすくってはばっと散らしたり、 落ちてくる花びらを懸命にキャッチしたりしようとして遊んでいる藤代と笠井がにこにこと訊ねてくる。 「俺は見てるだけでいい」 「へっ。年だからなー渋沢は」 渋沢が可愛い後輩二人に断りの返事をいれると、三上が先程のお返しと言わんばかりに皮肉った。 それに対し、渋沢はしょうがないな、と言った様子で苦笑してまた後輩たちへと視線を戻す。 何の反応も無い渋沢を面白く無さそうに一瞥し、三上は小さく舌を出した。 そして自分も無邪気に遊ぶ後輩達へと視線を向ける。 達、と言ってもそれぞれの目には、それぞれの相手しか見えていないのだろうが。 今日の竹巳、すっげー子供っぽい。 あーバカ代にやられて花びらだらけじゃん、可愛いなー。 あーぁ、まだ頭に付いてるっての。 うずうず。 何を思い立ったのか、不意に三上がすっと立ち上がり、後輩たちの方へと歩いて行く。 突然の三上の行動に渋沢が少し驚いて三上を呼んでみたが特に反応も無い。 すたすたと歩を進め、丁度笠井の真後ろまで来た三上が、 その場で両手一杯にかき集めた桜の花びらを思い切り手放した。 「うわっ!!」 「あははは、タクまた花びらだらけ!」 案の定頭から諸に花びらのシャワーを浴びた笠井は服も髪も花びらだらけ。 そして、その隣で愉快そうに笑っていた藤代にも花びらは降ってきた。 三上の手によって、笠井よりも大量に。 「ぐへッ!!何すんふか、せんふぁい!うぎゃー、口の中まへ入っはー!!」 「誠二何言ってるか良くわかんない」 「バーカ、さっき笠井に花びらお見舞いしたお礼… ばさ―――――。 「「…ぷっ」」 「後輩二人に花びら散らしたお礼な、三上」 「…ッ渋沢…」 三上が引きつった笑いを見せ、頭に付いた花びらを払う。 今の光景を見て笑っていた藤代と笠井がお互いに顔を見合わせ、二人共両手一杯に花びらを抱え込んだ。 「しーぶさーわさんッv」 「え?」 「「えいッ」」 ばさ、ばさささ。 「「…アレ?」」 「…とんだ計算違いだったな、オマエら…;」 藤代と笠井の抱えた花びらは、自分達や三上が被ったものより量が多かったはずだが、足りなかった。 身長が。 藤代ならまだしも、笠井の方は位置的にも渋沢より低い位置におり、頭にはまったく届いていない。 何故か申し訳無さそうにする渋沢を見て、藤代がもっと高い位置から渋沢の頭めがけて桜を手放した。 ところが、散り散りになった桜は何故か別方向へと飛んで行き…。 「わ!!」 「げ!!バカ代何やってんだよ!!」 笠井と三上に思い切り降りかかってしまった。 笠井は先程のものさえ振り落としていないので余計に花びらにまみれ、 三上はやっと全て払い終わった時にまた降りかけられてしまっている。 「…こんのバカ犬――――!!!!」 この三上の一言が始まりの合図で、暫くの間四人は大騒ぎだった。 藤代や笠井だけでなく、三上や渋沢までもが大はしゃぎである。 久しぶりにはしゃいだ所為なのか、思い切り笑った所為なのか。 三上は少し体に疲れを感じ、桜の木の下でゴロリと横になった。 額に薄く汗をかいているのが分かる。 それは皆同じなようで、薄手の長袖を着ていた笠井と渋沢は腕まで捲っていた。 この場合は七部袖を着てきた藤代が正解だったと言える。 三上は薄手と言えど、真っ黒な服を着ていたことが不幸を呼んでかたっぷりと太陽の光を集めてしまっていた。 そっと瞼を閉じてみると、藤代達の騒ぐ声が何処か遠くに聞こえるかの様な気分になる。 穏やかな春風が三上の前髪をくすぐり、揺れた木々からこぼれる木漏れ日がちらちらと瞼越しにも感じられた。 このまま寝てしまったらまた花びらの攻撃を受けるかもしれなかったが、 それでも三上は眠ってしまいたくなるような気分に誘われる。 春眠暁を覚えずだな、等と勝手な事を考えて、三上は本格的に眠りに落ちる事にした。 が。 そう決めたところで必ず邪魔が入ってくるのは最早日常。 今だってうとうとしてきた矢先、誰かの控えめに走る足音が聞こえてきた。 誰だかなんてすぐ分かる相手。 まだ頭に花びらいっぱいくっつけてるんだろーな、と三上が思い薄く瞼を開いた。 視界に映ったのは自分を覗き込んでくる、可愛い猫目の恋人。 「…先輩、寝てるんですか?」 「俺は薄目開けて寝ねぇよ」 「アレ、起きてた。もう遊ばないんですか??」 「コレ以上はしゃぐほど子供じゃないからな」 「年ですか」 「それは渋沢だろ」 「先輩と同い年です」 「あいつは37だ」 「えッ…!」 「お前今信じただろ」 「…嘘なんですか」 「信じるなって」 しっかりしている様で何処か抜けていると言うか、つまりは天然な笠井は何処か不満そうに眉間を歪ませた。 取り敢えずすとん、と三上の横になっている隣で腰を下ろす。 相変わらず寝転がったままだった三上が、足を伸ばして座り込んだ笠井の足に枕代わり、 と言わんばかりに遠慮なく頭を乗せた。 言ってみれば膝枕である。 突然の事に驚いた笠井が、つい足を動かしてしまい三上の頭があと少しでずれ落ちそうになってしまう。 「な、何考えてるんですか!?誠二達もいるんですよ!!」 「あー?いいんだよ、あんな奴ら放っときゃ。外でこんな事、普段出来ないだろ?」 「でも…」 ちらちらと藤代と渋沢の様子を伺う笠井に少しカチンと来て、 三上は未だ花びらが所々に付いている笠井の頭をグイ、と掴み自分のほうを向かせた。 真正面から三上に見つめられ、笠井は顔が段々と紅潮して行くのがわかる。 「いいから。…こういう日ぐらいいいだろ。バチは当たんねーよ」 そう言って、そっと笠井の頭から手を離してやった。 今まで三上の手が当てられていた場所に手を当て、笠井が小さく微笑む。 わかりました、の返事の代わり。 その微笑みは散る桜や木々から漏れる小さな光と相まってとても淡く、儚く見えた。 寝ぼけ眼で今にも消え入りそうな笠井を見て、三上がばっと体を起こす。 起き際に思わず笠井の白く、細い手首を力強く握り締めた。 「―――竹巳?」 「…?どうしたんですか、急に」 キョトンとして三上を見る笠井の存在を確かに感じて、三上は何処かほっとしていた。 消えるはずが無いのに、いなくなるわけが無いのに。 何処か消え入りそうな儚い笑いをする笠井の存在を確かめるかの様に三上がぎゅう、と抱きしめる。 「…亮さん、どうしたんですか?」 心配そうに訊ねてくる笠井に小さく笑いかけてそっと呟く。 「…眠い」 消えてしまうかと思った。 そんな言葉は言わない。 だって竹巳はココにいるんだから。 そんな事を言う必要は無い。 「俺眠くないからいいです。帰る時になった起こしますから。…ハイ」 笠井のハイ、の言葉の意味が理解できずにふっと抱きしめていた腕を緩めて笠井を見た。 ちょこんと座っている笠井が笑いながらぽんぽん、と軽く自分の太ももを叩いている。 「え」 「膝枕。しないんですか?」 「何。いいの?」 「嫌ならべつにいいですけ… 「じゃあ遠慮なく」 笠井が足を畳んでしまう前に、さっと三上が頭を乗せてしまう。 あまりの速さに笠井がクスリと笑った。 今の顔。 今の顔は、存在してる、って顔してた。 そんな甘い空気の漂う二人からは少しだけ離れた位置にいた藤代がその光景を発見し、不満そうな声を出した。 「あ〜〜、キャプテン、アレアレ。タクと三上先輩イチャついてる〜!膝枕してるし!いいな〜〜〜」 「全く…人がいないからと言って気を抜いてるな、アレは…」 「キャプテンキャプテン」 「?何だ?」 藤代がにこにこと笑いながら話し掛けてくるものだから、渋沢もつられてかつい笑顔になる。 「俺達もアレやりますか〜〜?」 「…な…」 思わず微笑んでいた顔さえ引きつらせて藤代を見ると、さもおかしそうに笑う藤代。 その顔を見て、自分はからかわれたのだと気付き渋沢は顔が熱くなるのを感じた。 「キャプテン顔赤いっすよ〜?冗談ですって!!」 「…オマエが変な事言うからだろう」 「キャプテンも結構素直っすよね〜」 少しだけ期待してしまっていた渋沢は心の中で大きな溜め息を吐いた。 笠井の膝枕を堪能する前に三上は眠りへと落ちていた。 滅多に見れない三上の寝顔に少し嬉しくなった笠井は、さらさらとした艶のある黒髪に指を通してみる。 少し硬いその髪が指先に当たるたびに不思議な気持ちになった。 なんて言うんでしょうね? こういうの。 ふわり、と風に乗ってきた桜の花びらが三上の頬へと止まる。 その妙に似合っている光景に笠井が小さく笑った。 そして、そっと手で花びらを退けてやる。 ほら、また。 なんだろう? 触れるたびに思う、感じる気持ちは。 ザァ、と少し強い風が吹いて笠井はそっと自分の髪が前に来るのを防いだ。 風が穏やかになり、収まったところでふと三上の顔を見ると。 丁度よく、唇に乗った桜色の薄い花びら。 また払ってやろうと伸ばしかけた右手を、寸での所で止める。 そして、そっと顔を近づけた。 静かに触れる花びらと唇。 花びら越しにも相手の温もりはしっかりと感じられた。 押し付けただけの唇をさっとすぐに離し、三上の顔色を伺う。 特に何の反応も無く、まだ目が覚めていない事が分かり笠井はほっと胸を撫で下ろした。 そして、気付く。 触れるたびにドキドキする。 もっとドキドキしたいと思う。 コレって、愛しいって思っているという事ですよね? もっと〈愛しい〉と感じていたい。 もっとドキドキしていきたい。 もっと、一緒にいたいと思う。 一緒に居ても、いいんですよね? 「…今、タクからちゅーしてたっすね…」 「…あぁ…」 「珍しい…しかも先輩起きてないなんてもったいない〜」 「…(アレは起きてるな)」 「ねぇねぇキャプテ〜ン」 「何だ?」 「俺達もちゅーします?」 「ハハ、またからかってるんだろう?」 「本気っすけど」 「…えっ?」 「…なんちゃって。やっぱキャプテン引っかかりやすいですね〜」 「…はぁ」 存在している。 愛しいと感じる。 一緒に、いよう。 END 恥ずかしい話ですね。 少し修正。 6年前の作品。 |