2月9日、晴れ。






































2月とは思えない暖かな気温の中、陽だまりでごろごろと心地良さそうに寝転んでいる姿があった。
茶色のふわりとした髪が少し乱れて、四方に散る。
そんな様も気にせずに若菜結人は寝転んだまま、ゆっくりと伸びをした。

「ん〜〜〜…すっげーきもちいー…」

部屋の窓を全て開放し、隣の居間の窓も開けてきた。
その為に柔らかな風が何度も部屋を通り抜けていく。
まだ少し肌寒いけれど、その分日の光を浴びていればなんの問題も無いくらいに暖かかった。

まさしく昼寝日和。

ふわ、と一つ欠伸をしてぼんやりと窓の外に目をやる。
薄ら青い空にちょっとだけ白い雲が浮かんでいた。

「…することもないし、寝よっと」

テレビを見るにしても何も面白いものなどやっていない日曜の午後。
見もしないテレビを付けていても煩わしいだけだし、部屋の中であまり音がしないのがまた心地よかったりする。
近所の犬がワンワン吼えるのも、子供がママーと呼ぶのも遠くから聞こえてくる感じ。
時々鳥が鳴くこの感じ。
それがたまらなく気持ちがよかった。







うとうとうとうと。







段々と意識が遠のいてきた、その時。


ピンポーン。



あまりにもお約束に玄関先のベルが鳴った。
誰だ、俺の眠りを妨げるやつは。
戻ってきてしまったまた意識を遠のかせようと結人が無視してごろ、と寝返りをうつ。
階下で自分の母親と、誰かが挨拶を交わしているのが聞こえた。
相手の声は良く聞こえない。
母親のどうぞ、上がって?今掃除機掛けててうるさいけど気にしないでね、と言う声のあとは何も聞こえなかった。
その母親が掃除機を唸らせ始めたからだ。
そんな音さえも遠く聞こえるように感じる。
それほどまでに結人は眠かった。
眠かった、というよりもこの心地よい空間に浸っていたかった。

しばらくして、階段を上がる静かな足音が耳に届いた。
聞き慣れているその足音に、結人がそっと目を開く。
目を開けたら、丁度部屋の前まで来ていた奴と目が合った。
黒い髪が春の風にふわりと揺れる。
涼しげな黒い目を細めて結人を見た。

「…よう」
「寝てた?まだ風冷たいんだから風邪引くよ」

部屋に入り、片手に持っていた袋をテーブルの上に置いて、いつも自分の座る場所(ベッドの下だ)に腰を落ち着ける。
これも見慣れた光景だった。
英士はいつも何かしらお菓子を持ってくる。

「なに?それ」
「ケーキ。親が買ってきてたんだけど、うち食べる人いないし」
「じゃあなんで買ったの、おばさんは」
「結人くんに、だって。笑っちゃうよね。ほんと結人のこと気に入っちゃってるから」
「家系じゃねーの?」
「そうかもね」

そんな会話をして、結人がベットから起き上がって部屋のドアを閉めた。
英士がそれを見て、くすりと笑う。

「何かするの?」
「お前がしてこないワケがない。つか友達来たら普通に閉めるだろ、気まずいし」

もう一度ベットに戻ろうとすると、英士に腕を引っ張られそのまま隣に座ってしまった。
雰囲気的にそのまま唇を重ねる。
また部屋が静かになった。

「…やっぱするんじゃん」
「してほしそうだったからね」
「目の錯覚です」

英士が小さく笑ってもう一度唇を重ねた。
結人がいつも通り、そっと唇を開く。
するりと入り込んできた舌が、すぐにまた引っ込んでしまった。
いつもみたく口内を荒らされると思っていた結人が訝しげに英士を見る。

「…今の、なに?」
「何が?」
「いつもと違うじゃん」

結人がそう言うと、英士が目を細めた。

「結人、キスの種類って知ってる?」
「…フレンチとか、ディープとか?」
「まぁ、簡単に言えばそうなんだけど。キスにはたくさん種類があるんだけど、今のもそのキスの種類の中の一つ。
ミツバチのキスって言うんだって」
「ミツバチ?」
「すぐ入れてすぐ引っ込めるのがミツバチみたいだから、ミツバチのキス」

それを聞いて、思わず結人が吹き出した。
英士の口からそんな話を聞けるだなんて、正直思っていなかったのだ。

「なんかえーし、可愛い」
「…結人の知ってるキス、やってよ」

結人が少し考える仕草を見せて、じっと英士を見詰めた。

「…じゃぁ目、閉じて」

素直に従った英士を満足そうに見て、結人が英士の両頬に手を添えた。
ゆっくりと顔を近づけて、額同士をくっつける。
それを訝しげに感じ、英士が目を開いた。

「…結人、何してんの?」
「ばか、もちっと目閉じてろよ。キスしてやんだから」

そう言うと、英士がもう一度目を閉じた。
額を合わせている状態から、ゆっくりと結人が顔を下げていく。
額が英士の鼻の頭にくっついた状態になった。
結人が右に少しだけ顔をずらし、英士の頬に自分の睫毛がパサパサと当たるように瞬きをする。
英士はくすぐったそうに笑った。

「…英士、これ知ってる?」
「…知らない。これもキスなんだ?」

顔を近づけたまま、二人は小さな声で話す。
結人はその間もずっと瞬きをしていた。

「うん。バタフライキスっつーんだよ。恋人とかにやるよりも、外国の親子がやる感じだって言ってた」
「へぇ…なんか、優しい感じがするね」
「そー?なんか春っぽくて良くない?柔らかいキスって感じ」
「…まだ春じゃないけど?」
「俺達が先取り」

そう言って、二人して小さく笑ってもう一度口付けた。


















余談。







「…で、そのバタフライキスって誰から教えてもらったわけ?」
「え。誰って?」
「まさか誰かに実践してもらったの?」
「え、えーとえーと…英士は?誰かに教わった?ミツバチのキス」
「三上が…っていいから、結人は。誰?」
「三上!?なんで三上!??…英士三上とそういう仲だったんだ?」
「はぁ?違…」
「…いーよ、俺も笠井と浮気する。笠井にも言ってやるっ」
「だから違…」
「俺はバタフライキス、藤代に教えてもらったんだよ、実践でな!!他にも色々されたけど!」
「色々って…何されたの!?」
「英士関係無いじゃんっ三上とちゅーするんだろ!?」
「だから違うって。三上が笠井とキスするのに色々バリエーションあったほうがマンネリ化しないって色々調べてたんだよ。
それを俺にも教えてきたの、メールで。パソコンの方ね。正直嫌がらせかと思ったんだけど」
「…………………………………じゃー浮気じゃないの…?」
「だからそう言ってるでしょ。…で?藤代にはいつどこでされたの?」
「…英士、人殺しの目してるんだけど…」




その後、藤代が英士に削られる対象になったのは言うまでも無い。

















えんど。





6年前の作品。
恥ずかしさでいっぱいです。